3月に入りました。

緊急事態宣言が解除されて、徐々に、生活も落ち着きを取り戻しつつあるようですが、春休み頃までは、変わらず、慎重な生活を続けていくことになりそうです。

去年の年末から、1月のはじめにかけて、急激に、コロナウィルスの感染者が増えていたので、一時はどうなることかと思っていましたが、緊急事態宣言後は、すぐに、収束に向かっていったのは、日本人として、誇りに思っていいことだと思います。

4月には、ワクチンの接種が始まり、そのころには、だいぶ気温も上がってくるので、徐々に、コロナ前の生活に戻っていくように思いますが、そのためには、ある程度、今の生活を守りつつ、生活を続けていくのが大切だと思います。

ルールというと、多くの人は、窮屈に感じるように思いますが、自由には、ある程度のルールが必要になります。

1人でいれば、何をしても、それは、自分だけの責任になりますが、周りに人がいる場合、自分自身の行動により、迷惑がかかる人がいれば、その自由が制限されるというには、仕方のないことです。

社会性は、他者との関係性において、できるだけ、お互いに不利益を被らないようにするために必要なものですが、普段、生活していると、なかなか、意識し辛いものではあります。

人間は、集団を作るうえで、共感性を進化させたと言われていますが、現代の社会のように、集団の大きさが巨大になりすぎると、すべての人に対して、共感するのは難しい時代だと言えます。

ネット上で、炎上騒ぎが起こるのは、面識のない他人に対しては、共感が働かないというのが大きいのですが、それが、自分自身に返ってくるかも知れないという認識があれば、見ず知らずの他人に対して、悪意を向けることが危険であることは理解できるはずです。

いいことをしたときに、ポジティブなフィードバックがあれば、いいことをする人が増えて、悪いことをしたときには、ネガティブなフィードバックがあれば、悪いことをする人が増えるというような単純なものではありませんが、ポジティブなフィードバックの多いコミュニティに参加することは、幸福感には、大きな影響があるように思います。

人の悪口ばかり言う人と、良いところを褒める人では、後者と一緒にいたほうがいいと感じる人がほとんどだと思いますが、人を褒めることで、お互いに楽しい気持ちになれるのは、関係性において、とても重要です。

最近、褒めて伸ばす教育が注目されていますが、褒められれば、気分が良くなり、自分の苦手なことでも取り組めるようになるのが大きいからです。

もちろん、それには、正しい褒め方があり、いい成績をとったとか、試合に勝ったとかいう結果を褒めるのではなく、努力の過程を褒めるのが正解です。

努力を褒められた子は、やる気が持続するようになるので、長い目で見た時、大きく成長することができます。

逆に、結果を褒められた子は、結果を出せないことに対して挫折を感じてしまい、新しいことに挑戦したり、継続した努力ができなくなるという弊害があります。

褒めて育てるというと、結果を褒めてしまいがちになりますが、褒めるときは、努力の過程を褒めるようにするのが大切です。

これは、子育てだけではなく、社員の教育にも使えます。

今の若い世代は、怒られ慣れていないので、厳しく接するのはよくないなどどいわれますが、悪いことは、その原因を理解できるように説明すればいいことであり、それほど、難しいことではありません。

それとともに、成長のためには、できるだけ、褒めながら得意なことを伸ばしていくことが大事です。

自分自身も若い人と接していて思うことは、言葉で説明できることに対して、合理的な説明をすれば、理解してくれるので、できるだけ、わかりやすく伝えるというのを意識して接しています。

昔は、空気を読んで相手の意図することをくみ取るのが正しいコミュニケーションのように思われてきましたが、文字のやり取りが多くなった今の時代においては、言葉の重要性が増しているように思います。

言葉が重要な理由は、昔に比べて、社会が複雑になっていることと、価値観の多様化により、単純にわかり合うことが難しくなっているのも大きいです。

失敗をしたときに、感情的にそれを責めるのではなく、わかりやすい言葉で伝えられれば、納得感があり、成長につながります。

感情的な言葉には、感情的な反発がつきものです。

相手に伝えるということを考えると、できるだけ、冷静に、わかりやすい言葉を使うように意識すると、その言葉は伝わりやすくなります。

逆に、上手くいったときには、褒め合うことで、ポジティブな気分を共有できるので、そちらはできるだけ、ポジティブな感情を使っていくのが重要です。

社会を円滑にするには、ルールが必要不可欠ですが、それは、ネガティブなことに対しての防波堤の役割としてであり、それを守ってさえいれば、問題がないということではありません。

ルールで縛るだけの社会は窮屈ですが、いいことをしたときには、ポジティブなフィードバックをするのが当たり前になれば、ルールの役割も緩むので、暮らしやすい社会になっていくのは間違いないです。